息栖神社
所在地 | 茨城県神栖市息栖2882 | 説明は現地看板より引用「息栖神社は、古くは日川に鎮座していた祠(説明書きでは「ネ+司」)を、大同二年、右大臣藤原内麿の命に依り現在地の息栖に遷座したと伝承されている。史書「三代実録」にある「仁和元年三月十日乙丑篠、授常陸国
正六位上 於岐都説神従五位下」の於岐都説神とは息栖神社のこととされている。(古今類聚常陸国誌・新編常陸国誌) 古来より鹿島・香取との関係は深く、鎌倉時代の鹿島神宮の社僧の記した「鹿島宮社例伝記」、室町時代の「鹿島宮年中行事」には祭例等で鹿島神宮と密接な関係にあった事が記されている。祭神は、現在岐神・天鳥船神・住吉三神(上筒男神・中筒男神・底筒男神)とされ、海上守護・交通守護の守り神と奉られている。江戸時代には主神を気吹戸主神と記しているものもあり(木曽名所図会、新編常陸国誌)、さらには現在境内にある芭蕉の句碑「此里は気吹戸主の風寒し」は、その関連を物語っていると思われる。社殿は享保八年に建替えられたが、それが昭和三十五年十月焼失し、昭和三十八年五月に新たに完成した。末社、高房神社・伊邪那岐神社・鹿島神社・香取神社・奥宮・江神社・手子后神社・八龍神社・稲荷神社・若宮。」。 いわゆる東国三社として有名であるが、他の二社である鹿島神宮・香取神宮と比べると様々な意味で地味な印象は受ける。アクセスが悪過ぎるのか、ホームページがないという発信力のなさが原因なのか。しかし、他二社との位置関係や主祭神との関係からしても重要な神社であることは疑いはない。 社格は明治時代には県社として列格されているが、何故か延喜式神明帳には名前がないようで、式内社ではない。 当初は日川に鎮座していたのが、現在地に遷座された理由は、延暦18年(西暦799年)に常陸国で大津波があったからと現地の説明書きにある。もっとも、現在の息栖神社の配置を前提に東国三社は、正確な二等辺三角形の配置をしていると言われていることからすると、最初は二等辺三角形ではなかったのかと腑に落ちない気もします。 |
祭神 | 岐神・天鳥船神・住吉三社 | |
社格等 | 県社・東国三社 | |
創建 | 応神天皇年間 | |
その他 | 地図 |
鳥居 | 東国三社息栖神社。現在の神栖市の由来は神之池+息栖の合成だという。 |
上述した日川から遷座した経緯が書かれている。 | 説明書きは上記で引用したとおり。 |
参道 | 左を見ると境内社。 |
稲荷神社とある。木で半分ぐらい覆われてしまっています。 | |
風呂敷(?)を被っています。 | |
大黒天?と猿?そう言えば、息栖集落の表札を見てると、猿田さんばかりでした。 | 社殿 |
キツネがいっぱい。 | |
再び参道へ。 | 手水舎 |
由来についてと祭日について。 | |
門をくぐる。 | 「おきすの津と碇」と題している。かつては周囲は、香取内海の港であり、東北と関東を結ぶ地点であったという。 「帆柱ぞみをつくしなる大船のかとりの浦の見るめからねど」 |
力石 | 力石です。 |
「この里は 気吹戸主の 風寒し」芭蕉句碑です。現在と主祭神の認識が異なることが分かる。 | 松尾芭蕉は貞享4年(1687年)に水郷地方を訪れたという。 |
社務所 | 境内社。左右併せて9柱の神が合祀されているようです。 |
宮司さんはこちらにいます。商売っ気はなく、雑談好きでした。 | 拝殿を撮るにも桜の木(かな?)に隠れてしまいます。 |
息栖ゆかりの歌碑。新和歌集に掲載されているらしい。 | こちらも歌碑 |
振り返る。 | 拝殿正面 |
御神木 | 車祓い所? |
忍潮井
鳥居正面から200mほど離れた場所にある忍潮井。上記までの写真とは別の日に撮影。 | 正面に息栖神社 |
息栖神社と河岸 | 忍潮井について「忍潮井は男瓶・女瓶と呼ばれる二つの井戸であり神功皇后の三年(194年)に造られたものと云われあたり一面海面におヽわれていた頃真水淡水の水脈を発見しこれを噴出させ住民の生活としたもので海水をおしのけて清水が湧出していることから、忍潮井の名がつかられたと伝えられている。水と人類とのかヽかわりの中で最も古いかたちの井戸であり日本三霊泉の一つと云われております。」。 伝説について「その昔(平城天皇の御宇大同二年四月(八〇九年)数キロ下流の日川地区より息栖神社が此の地に移された際とり残されてしまった男・女二つの瓶は神のあとを慕って三日三晩哭き続けたが、とうとう自力で川を溯ぼり一の鳥居の下にヒタリ据え付いたと云う此の地に定着して後もときどき日川を恋しがり二つの瓶は泣いたと云われている。日川地区には瓶の泣き声をそのまヽの「ボウボウ川」と瓶との別れを惜んで名付けた「瓶立ち川」の地名が今も残されている。」。 |
こちらが女瓶らしい。 | wikipediaを見ると現在の井戸は昭和48年に移転しているという。 |
こちらが男瓶らしい。 | 崩れかけてますが。 |
息栖の津・渡船場跡 |
息栖神社跡地(日川)
「息栖神社の歴史」とある。日川から現在地へ遷座されたこと祭神の話などが書かれています。 | 説明書きがある敷地 |
石塚開発の碑 | 周囲の景色 |
最近開発された地域にしか見えません。埋め立てられたのだろうか。 | 場所は神栖市日川の石塚運動広場脇にあります。 |