大生神社
所在地 | 茨城県潮来市大生814 | 大生神社の説明については、現地説明書きより一部引用「大生神社は健御雷之男神を祭神とする元郷社で、その創祀(看板では「しめすへん+己」)年代は詳らかでないが、鹿島の本宮と云われ古く大和の飯富族の常陸移住の際氏神として奉遷し、御祀(上記に同じ)したのに始まるといわれている。」。 上記説明のとおり鹿島神宮の本宮と言われ、武甕槌大神が鹿島神宮に遷るまでこの大生神社に祀られていたという。どこまで断言してよいものかは管理人には分かりませんが、文献や他の神社の宮司さんの話を聞く限り有力な説のようです。 創建年代は二説あるようで、太古の昔から鎮座し、大同元年に現在地へ遷座したという説と年代は不詳だが大和国大生邑から遷座したという説があるという。 なお、当社及び大生殿神社周辺には大生古墳群があり、一説によればオホ族と首長の墓だという。 |
祭神 | 健御雷之男神 | |
社格等 | 郷社 | |
創建 | 不明 | |
その他 | 地図 |
参道 | 雰囲気は大変良い。 |
正面が大生神社。 | 振り返る。大生は一度訪れて見ると分かると思いますが、雰囲気に神々しさを感じますな。 |
松和稲荷 | 和銅四年(七世紀頃)「奉之伊呂貝」が餅を的にして矢を射った処、その餅が鳥となって稲荷塚「松の梢」に飛んで来て村の人々は此処に稲荷の社を建立。それ以来、松和稲荷大明神と称し私共の祖先である「オフ」一族が総鎮守大生大神宮様と合わせて崇敬し、明治維新後、稲荷塚古墳丘では、参詣人も少なくお粗末になっては勿体無いと、当時村一番の博識信仰家であった石津平太郎翁が現在の場所に移転御祀りした。 |
何でしょう? | 鳥居正面 |
この地域は大生自然環境保全地域とのこと。当地域のカゴノキは貴重とのこと。 | 忠魂碑 |
阿夫利神社 | 春待仕三夜? |
日差しが眩いですな。 | 手水舎 |
大生神社斎殿 | |
拝殿 | |
斜めから | |
本殿は天正18年(1590年)建立と伝わる。 | 大生神社樹叢 |
かごのき。なかなかの立体感。 | |
神社裏の森 | |
大生神社は巫女舞神事が有名らしい。古式であるとして貴重なものらしい。 | 一周回って再び斜めから。 |
大生古墳群
神社から1kmと離れていない場所にある古墳群。 | 天狗塚との標が立っていた。 |
鹿見塚古墳 | 綺麗な形で残っています。 |
上ってみる。 | |
古墳子子前塚までは読めます。 | |
これかな? | 水郷県民の森という公園になっています。 |
ここにも古墳が。 | 周囲にはたくさんあるらしい。 |
春なので、せっかくだから桜の写真を。 | 神社参道近くに生えていました。 |