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川嶺グスク

 
 集落の西側、畑が広がる段丘にある川嶺グスク。鹿児島県埋蔵文化財データベースにて紹介されています。川嶺と書いてハンミと読むようだ。同データベースによると、散布地とあるのみでその他の一切の情報は不明である。データベースはあくまで二次情報なのだが、一次情報たる文献等も一切掲載されていないので情報はないに等しい。
 そもそも、所在地は川嶺とあるのにデータベースの地図が志戸桶を指し示しているのはおかしい気がします。地形が丘陵とあるのに実際には傾斜地でしかありません。今となって冷静に考えると、単なる誤記でしょうか?
 訪れた感想は、上記懸念のとおり本当にグスクなのか疑わしいほど何もない畑である。高台や石積みがないどころではなく、人間が生活した痕跡すら感じさせない。もっとも、奄美のグスクは、笠利の万屋グスクのようになだらかな畑となっている傾斜地にグスクがあることもあるので、遠い昔には周辺に人が住んでいた可能性もある。近くには弁財天があり、井戸もあったので、可能性は無くはないのだろう。仮に、ここが川嶺グスクとして正しいのなら、いつからグスクと呼ばれていたのか気になるところである。


   
右側奥に川嶺グスクがある。 データベースの地図を見る限り、前方周辺がグスクである。 
   
う~ん単なる原っぱ。  
   
傾斜地となっている。 データベースで散布地と書かれているから、畑造成の際に何かしらの遺物が出土したのでしょうか。
   
   
   
   
   
北向きの眺めはいいです。