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 城は、和瀬から国道58号線を西に進むとある集落です。
 集落は平坦地の東側の狭い範囲にある。地形図を見る限り、金久田川沿いに集落があってもよさそうなものですが、国道沿いに家々は連なっています。
 字名は城と書いてグスクと読みます。小字城もあるので、それが大字城の由来であろうか。
 集落の遺跡は、鹿児島県立埋蔵文化財センターのサイトを見ると、ワキノト・マツヤマ、イギィビラ、トウグチ、サモト、アギがある。
 集落のグスクは、「奄美におけるグスク調査の報告 三木靖」及び「角川日本地名大辞典鹿児島県」を見ると、小字城と城田がある。小字城については前者によると、山際の平坦面で住宅跡畑地であり、聖地視されているという。また、城田については、川沿いの平坦面で耕地だという。いずれの場所も管理人には分からなかった。
 もう一つグスクがあり、「神と村 仲松弥秀」によると、砂丘の一区画だという。上述城は小字であるし、山際にあることから、恐らく別グスクと思われる。管理人としては、トウグチ付近かな思っているが、それを裏付ける資料等はまだ発見できません。


和瀬からトンネルを2回越えると城集落。  集落東部  城入口バス停 
山の先端部分をイキィビラというらしい。漢字にすると池平のようだ。南西諸島では平と書いてヒラ(ビラ)と読むが実は坂という意味だったりして紛らわしい。 2010年撮影時は集落67世帯・120人のようだ。 公民館 
土俵 城バス停  この先がトゥグチ。沖縄では渡口とか渡久地といった字があり、港や入江という意味があります。
仲松弥秀によると砂丘の一区画にグスクがあるようだが、砂丘となるとやはり海沿いの可能性が高い。そして、墓地から先はトウグチになりノロの拝所跡があるらしいので、ここら辺の可能性が無くはないと思う。 グスクは墓であると思っている管理人としてはここだと思うのだが、どうでしょうね?  茂みになっている。 
ここら辺って可能性もある?なお、トウグチの写真は下記にも掲載しています。 集落北西部のアギへ向かう。なお、アギの意味は分かりません。たまに奄美で聞く名前なんですがね。 アギの麓。説明書きを一部抜粋「この地には、弘法大師(推定)坐像が、上半身破壊された態様で安置されております。安置に関する詳細情報(年代・安置者・破壊時期等々)は不明ですが、戦前より存在し、「弘法大師」なる文言は伝承されていたようです。」。廃仏毀釈の時に破壊でもされたのでしょうかね?
弘法大師は仏教なんだが、鳥居があるし、地形図を見ても神社のマークだったりする。 ハブが出そう。  道は一見険しいですが、すぐ着きます。 
これでいいのでしょうか? 上にあるのが像でいいのかな? 何故か上に向かう道がある。写真では激しく分かりづらいと思いますが。
堀切っぽい。 やっぱり堀切っぽい。  単なる石?人工物?よく分かりません。ちなみに、10分ほど根性で上ってみましたが、獣道レベルの険しさになり、滑落の危険性があったので、引き返しました。
ここから上記までとは別の日撮影分。東城郵便局。 山を越えると摺勝集落。右の方はアギ。  ここら辺からトウグチ。 
グスクってどこになるのでしょうね?2011年時点で土地がどんどん変形している気がするので、今はもっと違う風景になっているかもしれない。 一応砂場であるがどうなんだか?  単なる畑かな。 
浜辺