磯平パーク
説明については、現地看板より引用「 慶長十年(1605年)大和村大和浜出身の直川智翁は、琉球に渡る途中に台風にあい、中国の福建省に流されました。当時、中国では、製糖技術を外国人に教えることは禁止されていましたが、サトウキビの栽培技術と黒糖の製法をひそかに学び、帰国の際には、衣類箱の底を二重にして、命がけでキビ苗3本をかくして持ち帰り、大和村戸円の磯平のこの地に植栽しました。キビの成育は順調で次々と増産し、三年後の慶長十五年には日本で初めての黒糖製造に成功しました。その後、翁は、サトウキビ栽培を群島内に奨励し、技術改良に専念しました。又、子孫には、家業としての伝授を命じ、製糖技術の向上と栽培の拡大をすすめました。幾多の時代を経て、現在ではサトウキビは奄美の基幹作物となっています。翁の偉業を讃えるため、明治十五年には、思勝の尾神山の麓に開饒神社が建てられ、昭和五十九年には改築されています。大和村では、日本で初めて黒糖製造に成功したこの磯平の地に、平成四年度から4ヶ年事業で、きび公園を整備しました。公園の面積は11,406㎡、進入道路、世界のきび展示園、展望広場、駐車場、サタ小屋、磯場への遊歩道などを整備しています。サタ小屋は時季的に公開し、製糖体験もできます。」。 現在は、あまり手入れされている感じはありません。かごしまロマン街道にもなっていないようです。 なお、直川智がサトウキビを中国から伝えたということを疑問視する学説もある(実際の導入時期は1690年前後ではないかという。)。 |
訪れたのは2010年です。 | 下りると公園です。 | |
ソテツが確かに生えている。 | ||
案内板 | 説明書きについては上記にて引用。 | 手入れされている感じはなし。 |
史跡 直川智翁甘蔗創苗之地 | ソテツのトンネル |