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津名久

 
 津名久は、北は湯湾釜、西は恩勝の間に挟まれた場所にある集落になります。地域は、浦内地域となります。読みは「ツナグ」であり、方言では「ツィナグ」と呼ぶ。語源は津名久は船着き場であり、船を繋ぐことから、そう名付けられたという。管理人としては「津(ツ)」+「凪(ナギ・ナグ)」辺りの意味かと思ったが、そうではないようだ。
 集落は東からコーマコ(川向こう)、シラハマ(白浜)、シンヤシキ(新屋敷)、イズンザト(泉里)、マガリ(曲がり)、タボコロ(田袋)の六つである。集落名、トネヤの位置、神事が行われる場所、水源があることからコーマコ辺りが集落発祥の地かとも思われるが、昔の村の中心部は尾神山からの水源があるイズンザトであったという。
 集落の史跡は、①トネヤ②キュッキョ③イズンゴ④シンスイ⑤公民館・土俵がある。
 集落の聖地は東側にあるカネサクヤマのようである。西側にある尾神山は恩勝集落の聖地となり、津名久集落としては神山の認識はないようである。グスクはない。


湯湾釜方面からです。墓地が見えます。 カネサクヤマの麓にあります。 消防団ですかね。 
港が大きい。 遠くには釣り人がいた。 奄美市方面。あまり海が綺麗ではないかな。
そんなわけで別の日の夕暮れ時撮影分。  砂浜  カネサクヤマ 
尾神山が遠くに見えます。   大和浜のタキノコヤマ。 
史跡(津名久焼窯跡)
今から100年前(明治初期)から明治11、2年頃まで薩摩の陶工が来島し、数多くの陶器を産出した由緒ある津名久焼窯跡である。 
どこら辺が窯跡なのかは素人の管理人には分からず。  集落入口です。 
コーマコ地区 麓の家は廃屋になっていました。  海沿いには最近建てられたと思しきアパートなどがあります。 
大和村誌を見る限り、これがトネヤらしい。  カネサクヤマ  道があります。 
続きます。 水源発見。キュッキョでしょう。  豊年祭の時はここで水を汲むという。しかし、水量は少ないので、生活用水としては利用されていなかったという。 
   
戻ります。 コーマコ地区中心部とでも言うのでしょうか。  津名久川 
水は綺麗です。 上橋という。  写真では分かりにくいが、魚もちらほら。 
ここから白浜地区。 公民館 林商店 
  土俵 県道
バス停 川を越えるとコーマコ地区に戻る。  水道らしきもの。川の水でも汲み上げるのでしょうか。 
   
尾神山トンネル 泉川(イジュンゴ)とある。これがかつての生活用水として利用されていたようだ。美味しいとのこと。  今でも水を湛えています。